視察報告 東日本大震災被災地 2012

東日本大震災被災地視察報告

【特別レポート】東日本大震災被災地 ’12

 平成24年6月26日から28日まで、ANIA(一般社団法人全国地域情報産業団体連合会)主催の東日本大震災被災地視察に参加してきました。視察目的は、被災した仙台市を始め石巻市、南三陸町、気仙沼市、などの現地の状況を視察し、復興に向けて今何が求められているかを探ると共に情報処理業界における防災情報共有に向けた仕組みづくりを検討するためです。

 全国より参加することもあり26日に仙台空港又は仙台駅に集合となりました。私は、伊丹空港より入りましたが、仙台空港に近づくにつれてニュースの映像を思い出しました。空港近くでは海岸より数キロ地点と思われますが、田植えをした農地と津波が来た農地とはっきりと境界線が見て取れました。復興した仙台空港に到着後、バスで仙台駅に向かい全員がそろった所で牛タンの昼食を食べて石巻に向かいました。運転手さん、ガイドさんも南三陸で被災した方ということで生々しい話を聞くことが出来た。石巻に行く高速道路も震災被害でかなりの被害を受け修復作業が進められていた。

 石巻に入ると、地元のガイドとして㈱木の屋石巻水産の中村さんが同乗して震災時の状況を案内してくれました。ニュースでよく見たガレキの山や被害を受けた自動車の山を見たり、所々で被害を受けた方々より話を聞くことがあり、地震や津波の恐ろしさを再認識をしました。水産加工会社が沢山あったと思われる場所には、すこしずつではあるが復興の兆しが見え出したのは明るい話題であった。期待していた「石巻まちなか復興マルシェ」は休日で買い物は出来なかった。視察後は、ニュースでよく見た「つぶれた鯨の缶詰」とおなじものをガイドの会社で買って宅配便で送った。夕食で全員が試食したが、なかなか好評であった。ホテルは、たけしとキムタクが出ていたトヨタのCMのロケ地である石ノ森萬画館や石巻商店街に近い、まだ正式再開していない「石巻グランドホテル」に宿泊した。

 27日は、午前8時30分にホテルを出発して南三陸町へ向かった。南三陸町は、貴志川町と歌津町が合併して誕生した町である。貴志川地区に入ると本日のガイドであるホテル観洋の副支配人と合流して案内してもらった。小学校や中学校、高校は高台にあったため被害は少なかったが町がほぼ全滅している。公立病院や警察、合同庁舎が残骸として残っていたが現在は取り壊中です。ニュースでよく流れていた町役場の防災センターは骨組みだけの状態で16mの津波の恐ろしさを体感した。石巻や気仙沼も同じだか地盤沈下が2mあり、復興の足かせになっているようだ。震災直後の外国人医師の診療など緊急時においての法律や国の対策には何らかの特例措置などの対応が必要であろう、と言うのが現地の皆さんの声でした。「南三陸さんさん商店街」は観光客が多く訪れていた。みやげもの屋さんで写真集や「がんばれ東北」などのシールを購入してスーツケースに貼り付けた。

 貴志川地区から歌津地区を経由して気仙沼に向かったが海岸沿いのほとんどの地区で大きな被害を受けており、特に鉄道の崩壊は回復は難しいのではないかと感じた。

 気仙沼もほかの地区と同様に大きな被害を受けており水産加工会社や冷蔵庫の復興が水産業の町としての復興に欠かせないであろう。以前はにぎわっていたと思われる南気仙沼駅もわずかにホームらしきものが残っているだけで気配さえなくなっている。街中に大きな船が横たわっているのも視察したが改めて津波の恐ろしさを認識した。

 夕食は、仙台市内に帰って宮城県情報サービス産業協会の石塚会長、稲葉理事、穴沢事務局長、そして青森県情報サービス産業協会より井上副会長、藤井事務局長も加わり災害対策についての意見交換を行った。復興需要に沸く東北でもIT企業は、まだ恩恵を受けていないとのことでまだまだITへの投資には至っていないのが現状のようである。協会会員企業の社員が亡くなったのが数名で、全てが被害のあった地区への出張者だそうで、幸か不幸かIT企業が仙台に集中していたために被害が少なかったようだ。会員内には震災後は、データのバックアップ対策などに意識変化があったと報告があった。

 協会が震災後、県内のユーザーに対して行った調査事業の報告書を見せてもらったが、BCP対策や災害マニュアルなどの作成をしていた企業が6割近くあったが、その効果は疑問視されると記している。それだけ想定外の災害規模であったと考えられる。ただ、震災後はBCP対応、災害マニュアル、バックアップ、クラウド化、通信や取引先の多様化などの対策が倍増するなど意識向上が高まっているが、被災地ですら取り組みしないとする企業も3割近くあり、全国での官民上げての災害対策をアピールすることが必要であろう。

 視察を終えて思うのは、ニュース等だけでは見えない部分も多く、災害対策の必要性を強く感じた。ただ、ボランティアなどが急激に減ったことなど震災意識が薄れていくことも懸念されています。現地では、まだまだガレキや廃棄自動車の山が多く残っております。廃材処理や土地の整地、住宅整備、企業支援は国や自治体に任せるとして、多くの人より「被災地を訪問して買い物をしてもらえることで元気が出ます」と言われたこともあり、我々としてはいつまでも忘れることなく又、風評被害に惑わされないよう商品の購入などで少しでも支援できるようにすることが大切ではないでしょうか。

外山 邦夫

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